前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

北朝鮮帰国事業 〜「壮大な拉致」か「追放」か

ディア・ピョンヤン [DVD]

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先日東中野ポレポレで傑作ドキュメンタリー特集で「ディア・ピョンヤン」(2006年)を初めて視た。上映後に監督の面白いトークを聞いて、映像の中で分からなかった事や後日談も知る事が出来て良かった。
3人の兄を港で見送ったのが1972年、「帰国事業」はモノクロ記録映像でしか視たことがなかったので、72年まで続いていた事が驚きだった。ビデオで撮っている娘の前では大阪の朝鮮総連の老幹部が、人の良さそうなそこら辺のおっちゃんにしか見えないのも、母親が淡々とピョンヤン宛のダンボールに孫の文房具をはじめ仕送り荷物を詰めているのも、映像で視ると言いようのない違和感を感じた。
幹部であればある程度は国の内情を知っていたはずなのに、なぜ息子たちを北朝鮮へ行かせてしまったのか。さらに総連が「地上の楽園」と宣伝して送り出してしまった無数の「同胞」たちの人生をどう思うのか。


1959〜1984年までの間に北朝鮮へ「帰った」人達は9割以上が半島の南出身という基本的な事もドキュメンタリーで初めて知った。


北朝鮮帰国事業 - 「壮大な拉致」か「追放」か (中公新書)

北朝鮮帰国事業 - 「壮大な拉致」か「追放」か (中公新書)

北朝鮮への帰国事業の資料映像では、演説する故浅沼稲次郎社会党書記長の姿は印象的だけど、実際は航路を認める事も紆余曲折を経て自社共の超党派で帰国事業へ協力したことが書かれている。日本政府からは「厄介払い」という側面と、北朝鮮側の技術者・熟練労働者が欲しいという初期のニーズが合致して。家族で帰国を選んだ人達の動機には、子どもの教育のため(大学まで無料という宣伝)快適な住環境を提供されて医療がタダという誘い文句に影響されたという。


72年は金日成の生誕60年ということで、帰国者が減っている中で総連幹部の忠誠を改めて問う様に息子たちを差し出す圧力が係っていたのかと想像する。実際、日本に残った肉親からの仕送りが彼らの身の安全を助ける命綱になっている。


監督の父親であり被写体である おっちゃんは済州島出身。これには深く言及がなかったけど朝鮮戦争前に起きた軍事政権の島民虐殺4・3事件が日本へ来るきっかけなのかなと思う。