前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

えせ知識人とヤンキーの日本語

3・11以降、ソ連時代の新聞プラウダやイズベスチヤよりも事実と真実を探すのが大変な日本のメディア・・・脱原発を明確に発信している人達の記事を日常よく読んでいる。年配の人の多くは反権力的な対立の硬ーい文章が多いけど、自分から下の世代は逆に柔らかすぎる感がしている。公共の安全を考える時に「人それぞれ考え方が」で棚上げしてる余裕はないはず。


これまでの「反原発」運動が世間に広まらなかった理由が少し分りかけてきた。


タレント山本太郎が出演した昨年10月放送のBSスカパー「BAZOOKA!」
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=aRMyZEkExSQ
http://www.youtube.com/watch?v=1ADN1zhlhQM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=rzvpmXDGv4E&feature=related


後半のスタジオ出演者の返しはかなりショック。いや、この問題に限らず似た様な体験をしている人もいるだろう。同じ日本語を使って「会話」をぶっ壊すヤンキー的な決めセリフがスタジオの空気を支配してしまう。頭悪いからわかんねー、むずかしー、頭いいなー、よく知ってるなー、めんどくせー、言ったもん勝ちである。
右とか左とかそれ以前の、同じテーブルには絶対着かないという強い意志!【苦笑】


これまでの反原発運動のマイナスイメージだった強い使命感と悲愴感を相手に与えない様に、山本太郎がかなり感情を押さえながら相手を説得しても、その熱意に「布団を売ってるひとみたい」と冷水をかける様なプレイも(自分も時々やってしまう)説得する気力を削ぐには充分な呪力がある。この幼稚な言い換えをクールだと共感してしまう人はかなり居る。


そもそも同じ言語で人と話をして自分と違う意見を聞いて自らの考えをどんどん変えていくというのは、予測がつかないくらい楽しい行為なはずだけど、ヤンキー的な返しを受けたら会話は無理だ。
狭いタコツボの中で仲間としか通じない話の差異をダラダラ続けて自分を承認してもらうプレイは、地方のヤンキー文化だけではない。無数の原子力村サポータークラブや憲法9条村が存在するのと似ている。