前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

災害なくとも毎日ラジオ

金曜の大地震発生から津波原発事故と。
WebとAMラジオで日々のニュースを得ているから、悲惨な映像は見ていない。生まれ育った場所から近い所も津波被害を受けてはいるけど、正直実感がわかない。気候が温暖な福島の浜通りには良い意味で郷土愛が薄いと思う、東北地方とか福島県人とかいった帰属意識もピンとこない。年がら年中〜波浪注意報が出続ける風強く波の荒い海岸近くで育ったせいか、日本人としての自覚も薄い。むしろ世界各地の波の荒い海岸沿いに住んでる人達との親近感はあるけども。


今回の大地震原発事故で、今一番痛感していることは、自分が長年続けてきた仕事が「今生きている人達に直接役に立たない」無力感。 娯楽サービス業や文化的な研究に携わる人達には共感してもらえるかもしれない。
これは社会の中で消極参加を望んでしてきたので当然の帰結だ。それが今、この危機を転じて「新しい公共」を夢想する身勝手な自分に呆れる。ポピュリズムを弄ぶ都知事の妄言を笑えない。


Twitterのタイムラインを見てると、いろんな人達がテレビ映像に対して怒りのツイートが目立つ、そしてラジオで音楽が流されれる事への賛美。
自分にはそれは当たり前の事だと思うのだが。
AMラジオではまだ普通のスポンサーCM放送が僅かで、代わりに旧公共広告機構 ACの出来の悪いマナー広報ばかりなのが残念。企業はラジオが重宝されてる時こそCMを流すべきではないのか?


こういうのも自粛ムードのせいかと思う。昭和天皇崩御時を想起。そしてニュースで「未曾有の」と聞く度に、誰もが麻生太郎を思い出す。