前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

殺劫 チベットの文化大革命

殺 劫(シャ-チェ) チベットの文化大革命

殺 劫(シャ-チェ) チベットの文化大革命

老夫婦が豪華な衣装をデタラメに着させられ、カメラや洋食器セットなど持たされ、チベット文字で罪状を書いた紙製の三角帽子や重い看板を首に架けられ、重みで猫背になっている。それを無表情に取り囲む人々。
文革など何も予備知識がなかったら、なにか祭りの道化のようにも見える写真。


著者の亡き父親が文革時代のチベットをカメラで記録していた貴重な写真数百点を手がかりに、当時の生き証人を探して書かれたチベット文化大革命史の日本語訳。
漢人チベット人という単純な構図では書かれていない、それだけに分厚く重く深い。多数のモノクロ写真と文章が同時進行なので、読みやすい。


●第一章「古いチベット」を破壊せよ。


文革時代に中国全土を覆ったスローガン、四旧打破は、古い思想、文化、風俗、習慣を破壊することを指す。チベットでも1966年8月下旬から首都ラサで紅衛兵によって仏教寺院の破壊が始まる。
北京の周恩来から破壊を止めるように通達が行くも、封建時代の宗教のシンボルとしてジョカン寺も破壊され、その後に敷地は便所や豚小屋、屠殺場に使われ、さらに内紛では殺し合いの現場になった。
ラサで文革当時の煽動と命令系統がどうなっていたのか?


文革以前に遡ってチベットでの三教運動の存在を知る。
三教とは1963年に党中央の呼びかけでチベットでの階級教育(憎悪あるいは闘争)・愛国主義教育・社会主義の未来の三つを教え広めること。漢人チベット人による『三教工作団』のメンバー、当時の軍人や党幹部候補の学生を取材して明かされる、造られた階級闘争
ラサでは学生の紅衛兵よりも市内各地の居住委員会(コミュニティの統治と住民監視の役割もある)の紅衛兵が積極的に関っていた。
写真にはラサ中学の女子生徒たちも多く写っている。出身成分が悪いとされる黒五類のチベット版、三大領主(地方政府・貴族・寺院)『ガータク』出身と蔑まれた生徒達が、
忠誠心を示そうとして積極的に参加した事など心情を知ると、やりきれない思いにもなる。


人民裁判で糾弾された女性の転生僧ドルジェ・パクモ(ヒンドゥー教の女神バジュラバーラヒ)の存在を知る。写真に写っている頭のボロボロの黒く丸い帽子は元々宝石と刺繍で飾られていたものを、略奪され引き千切られた残骸だと知る。


●第二章 造反者の内戦  
 
紅衛兵二大造反派、『造総』『大連指』の覇権争い、初期にはそれぞれ移動劇団など宣伝活動の楽しそうな写真もあるが、文闘から武闘に移ると軍の手薄な武器庫を襲って武装したり、残忍な暗殺、ジョカン寺の放送局襲撃も凄惨に中央の北京にまで伝わる、
『ニェモ事件』『ペンバー事件』などナゾの多い疑獄事件と容疑者の死刑前写真、忘れられた墓碑まで。まったく知らなかった事ばかり書かれていて驚く。
最終的に勝ち残った大連指のメンバーがその後に長く自治区の主要ポストにいる事実まで言及されている。


インド国境沿いなどの西チベット寄りの25県は、北京から文革の参加禁止を命じられていた事を知る。なるほど〜。


●第三章では、民間人を召集した民兵訓練の写真が紹介されている。
小銃を抱えて、普段着のチベット人女性二人が榴弾砲を設置するポーズ、著者が指摘する通り『やらせ』感の不自然な構図が多い。
1969年から突如始まったという防空壕建設、側面の山にダイナマイトを使ってポタラ宮の土台を傷めたという証言も。


●第四章、五章と続くがプロパガンダの見本のような整った写真が多い。
やらせと知りつつ公開するのは、亡父がチベット人として少年時代から中国側の革命を信じて参加した苦悩と、写真でしか実現できなかった「理想」も伝えたかったのかもしれないと推察。


とはいえ全体を通して扇情的な箇所はほとんどなく、チベット文革史として長く残る資料だと思う。