前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

ポッドキャストで三遊亭白鳥

時々ポッドキャスト落語を携帯プレーヤーに入れて聴くようになった。聴き直しながら新宿の雑踏を歩いている途中、長年の疑問が解ける瞬間が起きた。(文章にするとずいぶん偉そうな)
屁理屈な文は野暮だけど、新作落語の三遊亭新潟〜白鳥の話芸の魅力について。


普通の落語会から新作落語の会は10年くらい前まではよく聴きに行っていた。屈折した差別愛とエログロの汚物を客席に投げつける快楽亭セックス〜ブラックの存在が大きかった。自己を含めた社会を丸ごとノノシる話芸は、簡単に嫌われるかある種の刺激に飽きられる面も多いはずなのに。清々しいほどテレビで売れようとも思わない芸人たち、立川流の落語家が作る新作や改作は、師匠のカラーが出ててブラック過多だった。


古典落語好きでもない自分が見ても、他の新作落語は下手なひとり芝居か漫談にしか見えなかった。
ところが三遊亭円丈と弟子のにいがたの高座は、摩訶不思議なワールドに客を陥れる。良く言えば落語の可能性を無限大に感じさせる。練ればそれがいつしか古典になるわけで。
毎回新ネタなくらい多作なのも共通している。円丈は名人圓生の愛弟子なので、新作でも古典落語の所作が随所に見られ、下手なひとり芝居にはならない。出来が悪いとか悩みや反省を語りながら披露するのも異色。


弟子のにいがた、現白鳥は前座時代から、貧乏話&どうかしてる新作ばかり、童話と昔のテレビマンガと落語の雄たけび、のような感じ。なのに客席で聴いてて無性に面白い。
この面白さは何から来るのかが解らなかった。
設定が奇想天外なのは天才的、でストーリー展開はアドリブみたいな迷走ぶり、語っていて話が壊れそうな危うさを語り部と客が共有する。要はお客までが迷走する物語を一緒に書かされ語っている崖っぷち感覚を味わう、それがこの芸人の話芸なのか。と独り合点がいった。


お台場寄席 フジポッド
http://fujitv.cocolog-nifty.com/yose/
「真夜中の襲名披露」
せまい内輪ネタは嫌いだけと、無理やりぶりと奇想天外な設定で笑ってしまう。
◎二つ目時代の「プチフランソワ2号」がポッドキャストで聴けるのも凄い。