前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

カイラス コルラ


7時頃から朝の準備のテントで朝を向かえる。

幸い熱は出ていないが咳をする度に頭が痛む。八時前の日の出と共に歩き出す。こんな体調では一周できるか怪しい。愉に2冊あるガイドブックの1冊を借りて別行動にする。緩やかな登り、やはり道が分りづらい。人が歩いていないと不安にもなる。同じ所へ泊まったらしい白人トレッカーの後を追う。先発した愉はこの後カイラスの内側に迷って行ったとか。
北端からの道は鳥葬後の衣類や髪が散乱する坂道・・・・。


ドルマ・ラ5668Mの峠を目指す。この三時間近くがきつい。
恐らく健康でも辛いと思う。流石のチベタンも休み休み登っていた。
前日同様に「タシデレ」の挨拶も息荒く。同じ方向に廻っている
巡礼者に心配されてしまう。自分の愚かさに呆れるが、
風邪の体調で登る。後は下るばかりという期待もあった。
無事だからいいものの。まったくの愚か者。


11時頃に頂上直前でヤク集団に抜かれる。フランス人2人を乗せた
全六頭のリッチな群れ。先に頂上で休んでいた白人トレッカー達
も唖然として見ていた。ガイド・ポーターが四人ほど就いてヤク
には荷物満載。この人達のラサからの費用は幾らなのかな、と
ぐったりしながら思う。これも立場を変えた東チベットの遠方から
来ている巡礼者にとって、我々自称「貧乏」旅行者などは大金持ち
の暇つぶしに見えるのだろうか・・・



ようやく頂上に立つと色とりどりのタルチョはためく中、
数人が祈っていた。ここからひたすら下りの道。
ヒザに来るような石がゴツゴツした道。
途中で氷が解けないで残っているところあり。

思い返すと泊まったところの北壁カイラスが一番の見所だった。
後は東の一部分をのぞいてはカイラスが見えないコルラが続く。

峠をピークに逆周りの巡礼者は減る。チベット人は大概1日で廻るので
昼のタイミングなのか。同じ廻り方の巡礼者にはこの日だけで200人
近くに抜かれたと思う。御利益ポイントUPの月ならどれ程来るのだろう。
五体倒地のひとをこの日10人近く見たが、お祈り代行の人も入っているのか。
崖のような所から川沿いに下る。東側の川も前日同様に冷たい風が吹いている。
咳が酷くなるので疲れていても休めない。
ここからは川沿いに湿地の緩慢な道が続いていた。

巡礼者は2人から4〜5人のグループが多い。外人とすぐ判るらしく
ハローと挨拶しながら追い抜かれること多し。漢人と間違われたのか
ニーハオと言ってきた二人連れは少々困惑気味だった。




今までは上流の澄んだ水を汲んでペットボトルへ入れ飲んでいたが、
途中から白く濁った川に変わっていく。食欲はないが2〜3ケのビスケットを
かじりビタミン剤を飲む。水場から道が遠くなって西陽がキツくなる。
今度は暑い。半袖になりたくても乾燥が怖くてウインドブレーカーが脱げない。
残りの水を気にしながら、ひたすら東南端曲がり角を目指す。

五時頃、3人組のチベタンに北京語で「あと1時間で大金だから」と励まされる。
このトリオには最後まで励まされた。
旅の指さし会話帳 (65) チベット ここ以外のどこかへ!-アジア会話帳で出身を訊くと東のチャムドだと言う。
キャバレーで下積みした芸人のような愛嬌と哀愁のある顔だった。
この3人と大金まで戻ってPM6時45分にコルラ終了。




ヤクホテルへ入り四人部屋お湯ポット貰う。

敷地内には川から引いた水場があるので人の出入りが多い。ずっと先に着いていると思っていた愉が1時間遅れでコルラから戻ってくる。
帰ってきた時点で、3周すると宣言。自分は風邪を理由に大金でのんびりしようと思う。
さっきまでひどい脱水症状だったのに、コーヒーを飲むと食欲がわく。
出発前に入った食堂へ足を引き摺り面を喰う。メニューが本当に少ない。
愉は米飯を頼んで1時間以上待たされて閉店間際に食べて帰ってきた。


夜、犬の咆哮がウルサイが熟睡。