前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

撫順戦犯管理所とは

先々週に図書館で読んでから、旅先で読み返そうと書店で購入。判りやすい感想は無理、気安く薦められるよな軽い本でなし。といってこれを紹介せずには居られない。


日本の敗戦から五年後、1950年にソ連側から建国間もない中国共産党に引き渡された千名弱の日本人戦犯と満州国のVIPたち。日本側の監獄だった施設を改築し『撫順戦犯管理所』に集め、周恩来の指示で充分な衣食住環境を提供して人格を尊重し、戦犯自らの人間性の回復・自白と反省を促す、という気の遠くなるよな工作をここで実行する。
写真家の新井氏が長年取材を重ねに重ね、遺稿になった分厚い本は、当時の管理所で長年働いていた中国人スタッフ達のシワが浮き出る深いモノクロ写真と、インタビューによる回想で重く積まれている。


管理所で日々戦犯たちそれぞれの食事を作る、健康状態を見守る、寝たきり介護などを、ほとんどのスタッフが日本統治時代に肉親や親類を日本軍に殺されたり、強制労働などを体験しているので、インタビューの中で戦犯の優遇には血が逆流する憤りを覚えた事を、素直に語ってもいる。途中の朝鮮戦争での疎開をはさんで、戦犯の意識が変わるまで2〜3年掛かり、それからはお互いの個性や気持ちが通じるように変化したというのが、おおよその共通した記憶のよう。


中国国内に飢餓と餓死者(1千万人ともいわれる)をもたらした大躍進の中でも、戦犯の食料は最優先で提供されている。病気の人間には遠方から高価な医薬品が届けられ惜しむことなく使われている。ここまで優しくするのはやり過ぎだ!という当時の職員の声に何度も同感する。『ひとりの戦犯も死なせてはならない』という周恩来と党の命令は新生中国の高潔なメンツだったのか・・・?


それにしても当時の戦犯処理の責任者・周恩来の真意が、自分には到底理解できない。軍国主義に教育された(と称される)集団に、時間を掛けて教育し、人間性を取り戻させる、という途方もない実験は中国共産党の優位性を国際社会へ広める広告塔的な目的が含まれてた・・・としても、あまりにもお金と時間と物資が掛かり、なにより被害者である自国民の感情と心労は想像を超えて酷すぎる。裁判では寛大政策で死刑は一人も受けずに、実刑も短期で日本へ帰国出来ている。しかし祖国日本では『中共に洗脳された』と叩かれ方をしたり、職場など社会復帰も妨害されたりしている。日中友好と平和を伝えるなかで、元戦犯の老人たちの免罪からの苦悩は、生き続ける限り続いているように思える。


毛沢東は当時、日本軍の教育は強いので思想の改造は無理だろうとか、戦犯を食わせて置いたところでブタのようには食えないのだから近々返すべきだ。といったという。民衆の復讐心を顧みないなら毛さんの意見はシンプルで判る。毛主席とは違って国内外でいまだに人望厚い周恩来の深慮は計り知れない。単なる外交宣伝とは思えないし。
国際的な人道主義って、高邁な理想と狂気の犠牲が際立つ。