前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

児童虐待と動物虐待

児童虐待と動物虐待 (青弓社ライブラリー)

児童虐待と動物虐待 (青弓社ライブラリー)


知識分子のお勧めで借りて読む。
冒頭での米軍のアルグレイブの捕虜虐待を例に挙げて、拷問を虐待に言い換えることによる「個人の犯行」イメージ操作にガッテン。


主に児童虐待に対する歴史を、動物虐待を止めるための運動から「連続」として読み解く試み。実際、動物から子供まで保護している先駆者は共通している。そして虐待を予防するため「強化」される社会の取り組みのねじれた現状を紹介している。


親による児童虐待が近年急増しているという巷の声は事実とは異なる。昔からあった過剰な折檻と、戦前の日本社会の暴力的な寛容ぶりを「金子ふみ子」の獄中での手記を通して読み解く。今に至る「虐待」までの呼び方の変遷とその時代の児童保護の動きなどを紹介。1874年ニューヨークで起きたマリー・エレン事件では子供を保護する法令が無かったために、動物虐待防止法を適用して救出保護している。動物・奴隷・二級市民としての子供、という論理。痛々しい保護直後と、幸せな保護後の児童の絵・写真?などは過剰に「啓蒙」が含まれていて、巷のダイエット写真はここから来たのかと錯覚もする。日本でもこの事件に感化され個人による救済運動が、この手法で使われている。


少し前に社会現象になったPTSDやネグレクト、子供時代の虐待を謎解きにした小説や、親から受けた性的虐待の告白本、ドラマ・漫画を幾つか挙げて、そこにある安易な分析と物語消費を暴く。『親に虐待された子供は次に自分の子供にそれを繰り返す』というベタな因縁話を大衆が簡単に信じて吹聴していること、これこそ根深い問題だと指摘する。性的虐待の事実は旧態の専門家(フロイト学者)にかかると患者の願望・夢想化と分析してしまう危険性にも言及している。一方、実態調査で近親相姦の設問には青少年の妄言虚言が多々取り込まれ、日本は母子相姦が多いという怪しい定説が延命している。虐待は貧困家庭のみ存在する、という言説にもアメリカの例を挙げて疑問を呈している。政治的に活用されたクリントンのアル中親父のエピソードまで紹介するのは、意地悪で面白い。


監視による犯罪の芽を摘む「運動」ファースト・ストライク・キャンペーンという予防戦争に繋がる論理にはぞっとする。青少年の軽犯罪からの摘発で犯罪率を下げたニューヨークの例もあって根本的なところは否定できないけど、小動物の虐待、殺害からエスカレートするという定説も、正論で覆すのは困難だと思う。欧州では「正義の父親」という団体がアメコミヒーローのコスプレで、裁判所の判決で離婚した後の子供に会わせてもらえない不当な現状を訴えている。この辺の錯綜ぶりは不思議でもある。様々なケースがあると思うけど100%を目指す「排除」の仕組みは恐怖を覚える。


終章で取り上げられている事件には不謹慎かもしれないが笑ってしまった。ニュースでなんとなく憶えていたけど、駐車場で刃物を振り回した精神科クリニックの医者が警官に撃たれた事件、事の起こりは飼い犬に噛まれて逆上したことによるとのこと。それも犬はセラピー犬だったとか。