前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

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富国強兵の遺産 技術戦略にみる日本の総合安全保障

『富国強兵の遺産ー 技術戦略にみる日本の総合安全保障』
リチャード・J・サミュエルズ著 奥田章順/訳 日本版97年刊(ISBN:4895831833)原書は94年出版された。
著者はMITの政治学教授で、日本滞在中に研究したものを書籍にしている。他に日本研究本一冊あり。


近代日本の軍産複合を16世紀の種子島から20世紀終盤までに渡って、膨大な文献を引用し、当事者への取材を挟んで、検証と仮説を繰り出す分厚い本。
寝る間もない程忙しい日本の近代産業史にイデオロギーとしての「テクノナショナリズム」と「三音和音」をキーワードとして分析している。
著者の言う三音和音は、先端技術の導入と吸収「国産化」→市場への技術移転と応用分野の開拓など「普及」→国際競争力を持つ強いメーカーの「育成」。までのプロセスを指す。明治期からの内務省・旧陸海軍と三菱財閥との強い関係は、現在の防衛庁経済産業省(旧通産省)と三菱重工に繋がっている。軍艦、航空機メーカーの系列のほとんどは戦後も継承されている。プロトコル(規範)は状況により微調整される。


これは明治から変わらない日本の官民一体のチームワークなのだ。
防衛庁よりも通産省と系列メーカーの結束は凄い。企業を超えた無数の研究会やプログラムを立ち上げて、積極的に補助金を与えては技術の育成を惜しまない。軍事、航空、宇宙部門では各専門分野が1〜3社しかみられない。顔ぶれが変わらないのが問題なのだとか。それが帝国海軍技術開発室の「同窓生」などで、会社を超えた人脈による情報の共有も強みになる。この点は特異な事として、米国防省と企業との機密保持と民生用に流用不能な縛り「技術の孤立」と相対する。80年代の米国の産業停滞など。


デュアルユースと呼ぶ軍事用と民生用の技術開発が日本の強みだという今の認識から遡って、明治期からの外国からの鉄鋼の技術移転と、(たった30年間での)自前の軍艦と商船建造を身につけた経緯、戦時下での陸海軍の対立と非効率な規格開発、メーカー側の非協力な態度。敗戦後の米国軍需産業からの援助と技術協力、ライセンス生産での国産化比率アップなど時代を追いながら、国際情勢や関係性の変化を追っていく。


国産兵器開発プロジェクトについては殆ど失敗と扱う著者も、通産官僚や技術者達の言い分も拾って載せている。


(あとは九割の雑感。)
技術者たちの戦時中の研究プロジェクトと戦後のトップ企業での役職の表は興味深い。


東芝ニコンなど軍の要請で作られたものや、ヤマハのような系列にない大きすぎる部品メーカーの社史の一片も面白い。読みすすめると兵器があまりに身近に感じ過ぎる。


満洲は満鉄と新興財閥日産が協力する独占市場だった。戦後財閥は一旦解体されるが温存されたまま、朝鮮戦争で占領軍の要請もあり復活する。ここまでは知っていても、戦争特需で米軍の修理から補給はもとより、国内メーカーがかなりの量の兵器と弾薬物資を「しっかり」売っているのに驚く。


安保闘争(本では暴動扱い)などあって60年代までは防衛白書も出せない時期だったとか。武器禁輸原則の強化がされたのはそれより遅い70年代の三木内閣となる。このとき大綱が決められ軍事予算はGNPの1%枠内の規制が作られるが、次期支援戦闘機、対潜哨戒機導入など80年代後半には無視されていく。


F15Jやパトリオットミサイルなど超高額製品は現在も日本でライセンス生産(普通に購入する二倍近い値段になっている)されている。日本メーカーからの国産品代替と改良がなされて、米国製造業の空洞化が進んでいく。完成品を武器輸出しなくても、米国製兵器での日本製品の部品依存度は非常に大きい。


たとえ正式に武器輸出が出来ても、海外で売れる様な完成品は飛行艇ほか数点しかなさそう。救難艇に特化して補助金付きで売れそうでもある。他はなにしろ単価が異常に高い。自衛する気すらあるのかと疑いたくなる性能の「最新鋭」まである。企業は政府の補助金を使って開発した技術を民生品へ応用している。しかし軍用品から民生品へという単純な図式は証明できない。


著者から見れば日本政府は狡猾に動いているらしい。確かに吉田茂の手腕は小麦援助をインフラ整備に廻したり、米軍の援助を引き伸ばしたりして、巧い。この本にはコンピューター産業の育成に通産省が対IBM用にレンタル会社を作ったりと書いてあるが、外国からの電子機器に不当な関税を掛けて、出遅れた国内メーカーを育成していたケースを以前聴いたことがある。通産官僚は明治からの国産振興運動を継承しているのだ。




この本では間に合ったはずの第一次イラク戦争について何も触れられていない。海部内閣の2兆円支出は戦争『加担』に等しい愚挙(現在進行形)だと思うのだが、アメリカ側の軍需産業国防総省の状況を追えなかったのか謎。意図は別にあるのか、読み取れない読者のせいか。