前略。スターリン(旧ソ猫を噛む)

好きなドキュメンタリーと音楽と旅を楽しむ前提で原発の今

八月十五日の神話

八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 ちくま新書 (544)を借りて読む。巷の評価も売り上げも高い模様。著者のHP●
92年末に刊行された「大衆宣伝の神話 マルクスからヒトラーへのメディア史」を読んでいた。ここ数年の著作で広く読まれているメディア史研究者。


記録映画や出版物で採り上げれられる終戦記念日八月十五日の定番写真が実はリアルタイムではない創作素材だったという事実を関係者の証言などから調べ上げていく。当時の玉音放送を聴いた国民の記憶の後付けな「造られ方」も今だからこそ怖いものがある。ポツダム宣言と翌月ミズリーでの調印を外した終戦記念日の作られ方を遡って今の「伝統」のねじれに繋げてもいる。
玉音放送が流される前日に新聞屋は翌日載せる「天皇に詫びる民草」写真を皇居前で撮ったり、予定稿を仕上げたりしている。
夏の甲子園が特攻玉砕を想起させるもっともな理由も書かれている。


毎年の戦争を伝える「企画」満載な八月ジャーナリズムの功罪を思う。